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酒造好適米「雄町」ってどんなお米? 
2019年08月06日

2019雄町サミット歓評会 優等賞受賞酒

 

【霞城寿 大吟醸 雄町】

雄町サミット優等賞 

使用された酒造好適米「雄町」ってどんなお米? 

寿虎屋酒造では、こだわりの岡山県産雄町を20年以上使用、

醸し続けています。

 

《雄町米の歴史》
1859年(安政6年)に備前国上道郡高島村字雄町(現岡山市中区雄町)の農家、岸本甚造(きしもと・じんぞう)が伯耆大山という鳥取県の最高峰の山に参拝した帰り道に、珍しい2本の穂を見つけ、持ち帰って栽培したのが雄町の誕生のきっかけ。
当時は、2本の草から「二本草」と呼ばれていましたが、岡山の雄町にいい酒米があるとうわさが広がり、いつしか「雄町」と呼ばれるようになります。
(たまたま見つけた米が、酒米として最高に質がよかったという事)

 

《人気の高まり》
品質の高い雄町は全国にひろがり、明治時代には酒米の最優良品種として全国で使用され、全国の新酒鑑評会では、雄町でないと金賞は取れないと言われていたほどでした。
また、雄町から品種改良をした酒米が多く生まれ、山田錦や五百万石などを含め現存する酒米の半分以上が、雄町をルーツとした酒米なのです。

 

《まぼろしの米》
長い間、酒米の王座を譲らなかった「雄町米」ですが、収量が少なく栽培が大変難しいというハンデがある上、戦争時中は、食用米の栽培に必要が迫られ、生産者が減りました。全国の蔵元から渇望されながら、入手困難な酒米”まぼろしの米”と呼ばれるようになったのです。
栽培の難しさと戦争の影響で、生産者は減少

岡山県では、戦前4000haあった雄町の作付けは、昭和48年には3haまで減少し絶滅の危機を迎えましたが、岡山県の酒造メーカーを中心に栽培を復活させ、現在は500haまで回復を遂げました。現在、生産量の約95%を岡山県産が占めています。

また、雄町好きのオマチストが増えたことにより、さらに増加傾向にあります。


《雄町の血を受け継ぐ有名な酒米》
雄町は現存する酒米の半分以上が雄町の血を受け継いでいます。
150年以上もほぼ途絶えることなく栽培され、交配されずに純血を保っている酒米は「雄町」のみであり、現在広く普及している酒米の「山田錦」や「五百万石」

そして山形の酒米「雪女神」「出羽の里」「出羽燦々」は「雄町」の血統を引き継いだ品種です。
最近では、雄町の酒を愛する“オマチスト”と自称するファン層があらわれるほどの人気ぶりをみせています。